さっちゃんの雑記帳

病気、仕事、虐待の経験をだらだら書きます

「普通」や「当たり前」は、自分の妄想かもしれない

 

 

もし私が「普通」だったら、今頃どんな毎日を送れていたんだろう。

時々、そういう思いに飲み込まれて、苦しくなる時がある。

 

 

もし、虐待を受けることなく、「普通」に仲のいい両親のもとで「当たり前」にすくすくと幼少期を過ごせたなら。

もし、実家を追われることなく「普通」に実家で高校生活を送って、受験生として応援してもらえたら。

もし、双極性障害や橋本病にならずに、「普通」の会社員として働き続けられていたら。

 

こういう感情にとらわれるようになったのは、時々周囲から聞く「普通」や「当たり前」に翻弄されてしまったからだと思う。

 

高校生の時、「さっちゃんの家は家族旅行しないの?」と、何かの弾みでクラスメイトに聞かれた。

私は、小学生の時にディズニーランドに行った、その一度だけしか家族旅行に行ったことがなかった。しかも、「もう二度と行かない」と親に言われるくらい、空気の悪い散々な旅行だった。

だから「そもそも家族旅行なんて、お金がかかるし、そう易々と行けるものじゃない」と、それが「普通」だと思うようにしていた。

 

だけど。

 

「え、かわいそう〜!うちは毎年キャンプとか行っているのに」と、驚かれた。

 

ショックだった。

 

きっと彼女は何の悪気もなかったんだろう。

でも「かわいそう」という言葉は、じわじわと、深く深く、私の心をえぐっていった。

 

家のこともそう。

「どこの家だって暴力の一つや二つくらいある。それがしつけというもんだ」と思っていて、DVという言葉とは無縁だと思っていた。

でも、父や母から受けるプレッシャーに対する恐怖に飲み込まれそうになって、意を決して友人に家族のことを話した。

だけど、「うちはそういう家庭じゃないし、殴られたり蹴られたりしたことないから、わからないんだよね」と、突き放されてしまった。

 

そうか。うちは「普通」じゃないから、わかってもらえないんだ。

そう思い始めて、「普通」じゃない自分が惨めで、だんだん周囲と距離を置くようになっていった。

 

トドメを刺されたのは、新卒で入社した直後だった。

当時の採用担当者で、私も信頼していた上司から

「この仕事をするには自信が必要だ。そのために必要な自己肯定感は、幼少期に暖かい家庭の中で育たないと絶対に得られない」と、はっきり目の前で言われた。

 

びっくりした。自分の人生を、全てひっくり返された気がした。

 

そうか。私は「普通」の暖かい家庭で育っていないから、この会社で働くにはみんなより努力が必要なんだ。バンカーからのスタートなんだ。

 

たくさん泣いた。けれど、それ以上に悔しかった。

「普通」じゃなかったら、爪弾きにされるんだろうか。

「お前にはこの仕事はできない」と言われている気がして、腹が立った。

 

「普通」じゃなくても、暴力にさらされながら過ごした幼少期があっても、

それでできないことがあるなんて言われたくない。

 

ただただ、がむしゃらに働いた。私なら、そんな「普通じゃないと無理」なんて考えをひっくり返してやる…。

 

 

気づいたら、病気になって、動けなくなっていた。

 

 

どうしてだろう。私は、私なりに、まっすぐ頑張ってきただけなのに。

「かわいそう」とか

「あなたは私とは違う」とか

「そんな家庭で育った人に仕事はできない」とか

そんな言葉を跳ね返そうと、限界を突破しようと、頑張ってきただけなのに。

 

どうして「普通」に生きていけないんだろう。

どうしてみんなのように「当たり前」な育ち方をできなかったんだろう。

 

 

そうやって苦しんできたんだけれど。

病気になって、会社をやめて、両親の子供であることをやめて、

最近やっと「普通なんて、私が勝手に作った理想像でしかないんじゃないか」と、気づき始めた。

 

誰かにとっての「普通」に、囚われていた。

その人が決めた「普通」のボーダーラインに引っかからない自分を責めて、追い詰めていた。

 

もう、そんな妄想に苦しめられなくていいんじゃないかな。

 

「普通」なんて、「当たり前」なんて、そんなわかりやすいパッケージで売られてなんかない。

誰かが決めた「当たり前」を買えない、って地団駄を踏んでいただけかもしれない。

 

そんなの、わざわざ私の時間を払って、買い戻す必要はないよね。

 

もう、手放そう。

私は、今の私のままで、生きていける。多分ね。